論文・原稿

モバイルプレス

 1998年10月2日、出版社を中心に、130社あまりの参加企業を得て、電子書籍コンソーシアムが発足した。このコンソーシアムは、小学館、シャープ、日立製作所、NTTが中心となってJIPDEC(日本情報処理開発協会)からの請負事業として2000年1月までの間に「ブック オン デマンド総合実証実験」という電子書籍の開発流通の実験を行うと同時に、将来を見据えて、著作権の問題から標準的な電子書籍のフォーマットの議論まで、さまざまな問題を積極的に議論、検討している。
 筆者は、このプロジェクトに、技術、広報担当の専従スタッフとして参画している。このレポートは、従来からの筆者自身のモーバイルガジェットへの個人的な思い入れをも含め、電子書籍を読むための携帯端末の、現時点での到達点と将来への夢を語ったものである。

 昔から、PDAマニアをやっている。最初は、HPの100LX。ボランティアたちによる日本語化が盛り上がっていた時期で、自分でもずいぶん苦労して、インストールしたのを覚えている。ピークには、勤めていた会社の関係もあって、ATOKまでインストールしてしまった。100LXに誤ってビールをこぼしてダメにしてしまった次の日に、秋葉原に走ってザウルスを買った。PI3000。その後の遍歴といえば、ザウルスが都合2台、同じくシャープのWizが2台、Windows-CEマシンが、借用も含めると3台、NECのDOS版モバイルギア、Sion5、DataSlim、そして今は、コミニュケーションパル。
 ノートパソコンもいろいろ使った。正直なところ、全部は思い出せない。去年の夏、この電子書籍コンソーシアムの仕事に参画し始めたころは、Libretto70を使っていた。ハードディスクを3GBに変更し、圧縮までかけて、CDドライブのエミュレーションソフトを使って、以下のようなCD-ROMの内容をハードディスクにインストールしてバックパックに放り込んで持ち歩いていた。

  • 広辞苑第4版
  • マイペディア
  • 現代用語の基礎知識
  • 研究社英和中辞典
  • 研究社和英中辞典
  • デイリーコンサイス英和辞典
  • デイリーコンサイス和英辞典
  • 岩波国語辞典
  • 聖書(日本語訳3種、英語訳2種、シソーラス、聖書辞典)
  • 新潮文庫の100冊

バッテリーを大容量タイプに替えていたから、900グラムぐらいだろうか。紙の書籍で持ち歩いていたら、いったいどれほどの重さになっただろう。それでも、これだけの知識を背中に背負っていると思うだけで、なんだか少し自分が賢くなったように感じたものだった。何よりも、いざとなれば、すぐにこれだけの知識を調べることができるという安心感は、何事にも代え難いものだった。

 従来から、いわゆるユニコードなどの文字コードの国際標準化活動に係わっている関係で、たびたび会議で海外出張に出る。その際の、楽しみの一つは読書。結局は全部なんて読みもしないのに、10冊近くの書物をトランクや機内持ち込みの荷物に押し込んでいく。帰りには、膨大なドキュメントが加わるので、トランクの重さは並のものではなくなる。それでも、旅の途中で読むものがなくなることを考えると、十分以上の本を持ち歩いていないとある種の恐怖に似た感覚を持つ。

 犬の散歩に出る折りや、通勤の途中、MDを持って出る。聞くのは、クラシック音楽とCNNや市販CDなどの英語。犬に引っ張られて走り出したりすると、音飛びがする。それで、友人に頼んで、出たばっかりのMP3プレーヤー"RIO"を、香港で見つけて買ってきてもらった。音飛びは皆無になった。

 このような経験から、理想のPDAというか、日常仕事場に行くときに持って出て、出張にも持っていけるような理想のガジェットを考え続けていた。
  • 手帳の機能がある。(スケジュール、メモ、ToDoリスト)
  • インターネットメールが読める。
  • 音楽が聴ける。
  • 電子化ドキュメントが読める。
  • 辞書が引ける。
  • さまざまな、本が読める。

 これらの機能を個々に見ると、さまざまなPDAですでに実現している。例えば、カシオペアのE-500なら、手帳機能、MP3での音楽、辞書あたりは、O.K.だろう。しかし、会議などで議事録を取るのはペンタッチの小さな画面では苦しい。キーボード付きのWindowsCEマシンという手もあるが、仮名漢字変換機能がやや苦しい。それに、液晶もCGAでは、ちょっと狭過ぎる。液晶サイズがSVGAのものという手もあるが、そこまでいくのなら、ノートパソコンを持ち歩く。

 結局のところ、横浜の自宅から水道橋の事務所に出かける筆者のバックパックの中には、相も変わらず、コミパル、リオ、携帯電話(インターネットメール受信機能付き)が、乱雑に放り込まれている。スタッフ全員で所持を統一した、サブノートパソコンの1.2キロは、やはり毎日持ち歩くには、ちょっと重すぎる。
 そう言いながらも、バックパックの中には、最低でも読みかけのフィクション、ノンフィクションの2冊の単行本と、時には情報技術関係の専門書やマニュアル本、パソコン雑誌などが入っており、状況が劇的に改善されたとは言い難い。

 去年の夏に、この電子書籍プロジェクトの話を、仕掛け人である小学館の鈴木雄介さん(インターメディア部次長、現在、電子書籍コンソーシアムでは総務会長)から聞いて、一番共感したのは、縦型の高解像度モノクロ液晶を使う、というところだった。それも、解像度は175dpi。偶然というか、なるべくしてなったというか、この解像度は、人間の目の解像度に相当する。ここで、筆者が目の解像度といっているのは、細い罫線を何本も並べたとき、その罫線の弁別が出来ずに、灰色に見えるようになる閾値(しきいち)が175dpiということだ。これだけの解像度になると、(網掛けをした)グラビアやオフセット印刷に相当する品質が得られることになる。鈴木さんが、「まるでガラスに印刷したような」という表現を使っていたが、まさに、この液晶は、印刷クォリティなのだ。

 ここで、我々のプロジェクトで想定している、携帯読書端末の大まかの仕様をまとめておこう。とは言っても、これは、携帯読書端末の開発製造が可能な会員会社数社の有志が、現在およびごく近未来の可能技術を前提とし、かつ、可搬型の専用読書端末に機能を限定したものだということをお断りしておく。

液晶画面:
XGA(1024×768)を基本とするが、VGA(640×480)程度の低解像度のものも認めていく。後者の場合、グレースケールフォントなどのソフトウエア技術による、可読性の向上が必要となる。(XGAの解像度で7.3インチ程度の液晶で、175dpiの密度となる。) 2値のモノクローム表示から256色以上のカラー表示まで、対応するコンテンツにより、さまざまな可能性を認めていく。 当初、出版社側からは、従来の書籍との関連から、見開き表示に対する強い要望があったが、コスト、可搬性との兼ね合いを勘案し、1画面表示も許容することとする。
メディア:
当初、PCMCIAのPCカードスロット(TypeU)+ATAを基本とする。このことにより、現行のさまざまな半導体メディア、ディスクメディアへの対応が可能となり、将来的な新メディアへの対応の可能性が広がる。

なお、重量、電池寿命、価格などに関し、希望的数値としては、さまざまな数値が飛び交い、議論が白熱してはいるが、現状では、コンソーシアムの総意として、こうでなければならない、という規定は定めていない。読書端末を開発製品化する各メーカーの努力と自由競争に委ねられることになろう。

 これら、要求仕様の背景には、各出版社の電子出版担当者の、従来の電子出版物へのさまざまな反省があった。
 一つは、紙の出版物の大部分が、通読することを前提にしているのに対して、電子出版物は、辞書やガイドブックなど、検索した上で部分的に読むことを前提としていたということ。検索機能が商品価値に大きく影響するので、電子化の際、どうしても検索機能のための付加的な作業量が多くなり、結果的に制作コストに跳ね返って、ある程度以上の販売部数が期待できるものしか商品化できないことになってしまう。
 もう一つは、電子出版のメディアが従来のパソコンを用いるものにしても、専用の機材、メディアを用いるものにしても、常にハードウエアメーカーの技術開発が先行し、紙の書籍の持ついつでもどこでも、といった利便性や、紙の印刷物の到達した印刷精度を初めとする読みやすさ(可読性)を著しく損なってきたこと。
 ちょっと脇道にそれるが、これからのPDAや電子書籍を考える際、トイレでの使用、というのが大きなポイントになるかも知れない。HPの100LXが普及し始めたころ、「100LX=電脳パンツ論」というのが一部の好き者の間で盛り上がったことがある。その心はと言えば、要はいつでもどこでもトイレでも、というわけで要求仕様という観点からは、現在のウエアラブルコンピュータの議論を先取りしたものだった。
 一方、最近、携帯電話を便器に落とす事故が非常に増えているという。確かに。胸のポケットなどに挿しておくと、ちょっとしゃがんだ折りなどにズリっと滑り落ちることは、誰もが経験することだ。まあ、個室で用を足しているときに携帯電話が鳴るというのも困りものだが、ホテルの浴室に電話が備え付けてあることを考え合わせると、非常時も含め、いつでもどこでもトイレでも、というスローガンは、パンツやPDAなどの、身の回り品の「身近度」を考える上で、非常に重要なポイントになるかも知れない。
 筆者自身の経験でも、コミパルやWizをトイレに持ち込んだことはあるが、ノート型といえどもPCをトイレに持ち込んだ覚えはない。

 現在、電子書籍コンソーシアムが目指している携帯読書端末は、いわば、いつでもどこでもトイレでも、という「身近度」と、可読性と言う意味での「快適度」が抜群の、紙の書物が持つ特性を最大限に継承しながら、一方で、紙の書物にない有利な特徴を生かしていこう、というものなのだ。
 今までの議論を、もう一度整理しておくと、
  • 紙に匹敵する可読性、可搬性をを確保するため、175dpiという高解像度の液晶ディスプレーを用いた専用携帯読書端末を開発する
  • 多品種少量生産という書籍出版の特性を踏まえ、イメージデータの取り込みによる低コスト大量電子化の方法を採る
  • イメージデータをベースとすることによるコンテンツデータの大容量化に対応するため、衛星通信、光ファイバーなどの大容量通信手段と販売端末を用意する。
電子書籍コンソーシアムシステム図

といったことになるだろう。

 今年の10月末には、衛星通信、販売端末、携帯読書端末を用いて、約5000点のコンテンツの配信、販売の実証実験が始まる。筆者が求めている理想のガジェットは、どうもその時までには間に合いそうにない。しかし、今までのPDAやノート型PCでは満足できなかった、いつでもどこでもトイレでも快適に読める電子の本の実現に、一歩近づくことは間違いない。今、電子書籍コンソーシアムで繰り広げられている議論は、(広い意味での)ユーザーである出版社会員の要求に、メーカー会員の技術者が真正面から答えを追求する、という従来とは全く逆のプロセスでかたちで進んでいる。
 筆者にしても、近い将来、バックパックから解放され、手に今回のプロジェクトで目指している読書端末機能を含む理想のガジェットだけを持ってさっそうと事務所に出かける、という夢を実現するため、この超短期決戦の実験プロジェクトに参画した、というのが本音のところかもしれない。
 で、理想のガジェットが手に入ったとして、読書時間を捻出して読書をするのは、やはり自分自身ということになる。読書とは結局は、自分自身の時間を豊かに過ごすためのものであり、言い換えれば、暇つぶしの道具なのだから・・・。


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